緑喪失記

 

あまりにも、突然だった。

 

こういうことがあると、何かに安心を覚えることがほんとうにこわくなる。

その度、心を空っぽにする。

空っぽのまんま、涙が流れる。流れるがまま、抑えることができない。

 

日々の無意識下に確かにあった平穏な一部が、目の前で、一瞬で、覆されてしまった。

 

無い、ことでようやく有ったことを認識する。遅い。いつも遅い。

いや、気がついてはいた。毎日あの緑をそれともなしに眺めては、この場所の幸福感に満足していた。

ただ、無くなってみないと本当の意味でその輪郭を意識しようとは思っていないのだと知った。いかに自分の一部が、それによって支えられていたのか。存在が有るうちにそれを認識するには、私はまだ想像力が乏しいってことなのかも知れない。

 

午前中、微かに感じていた地面の揺れは、あの顛末を予期させるにはあまりにも穏やかで、けれど確かに不穏な違和感をもたらしていた。

 

弱い、この世界を生きるには、生きてゆくにはあまりにも脆い。

この突然の喪失に、涙が止まらなくなったって、私は電車に乗らなきゃいけない。次の目的地に行かなくてはいけない。

涙を隠し、堪え忍ぶことは必要なのだろうか。

痛みを感じることは、足手まといに終着してしまうのか。

 

自分は臓器を提供するクローンでは無い。

確かなことなんてそれくらいだ。