魔女修行

 

あー、ハッピーだ。

ハッピーが余って道玄坂からル・シネマ、ユーロスペースアップリンクを通ってイメージフォーラム、からの結局戻ってシネマヴェーラ帰還。という徒労すぎる渋谷循環をしてしまった。

 

チャーミングで魔女のようなI氏と、大好きなT氏。ふたりの偉大な大人の会話を見ていた。I氏は肌がピカピカしていて、繊細な仕事をしそうな華奢な手先と鋭い目力はなるほどあのエネルギーに満ちた世界を作り出すのかと納得した。T氏が敬語を使う姿は珍しかった。大きく分ければ、I氏からしたら私もT氏も同じくくりだということがなんだか不思議でおかしかった。

私は前回がいつだったか思い出せないくらい久し振りに、緊張していた。試験前に似た感覚だった。I氏の仕事について可能なだけ下調べをした。と言っても入手できる映像を観た、ということだけれど。勉強という名目で映画を見続けられるんだから幸せだった。念願だった二十世紀少年読本も観れたし。しかしどんな話が出てくるか、質問されるかもわからないからいくら観ても安心はできなかった。自分の目指す方向のずっとずっと先の方にもうちーっちゃくて見えなくなりそうなほど遠くに、だけど確実に道の先にいる方。一ファンとして、会えることにドキドキした。

渋谷駅から歩いて行く道すがら、T氏も少し緊張しているように思った。そりゃあ目上の方に仕事の相談に行くんだから。私と違って面識もあるんだしね。けれどT氏が横にいてくれるという安心感があったから、私はなんとか足を動かすことができた。時間より早めに着いたんで建物の目の前で立ち話をしたり、ピンポンがなくて、入り口直前でウロウロしたり、ふたりして緊張を隠せてない感じだったな。

私の渾身手書き自己紹介文、I氏に読んでもらえただろうか。白昼夢の誤字は今更ながら恥ずかしいな…。製本の仕方、きれいだって言ってもらえた。とりあえずそれは素直に嬉しいと受け取ります。I氏が席を外した隙に思わずT氏に「やっぱり素敵な方ですね」と話しかけてしまったら、笑われた。I氏の笑った顔は、よっちゃんに似ていた。緊張感のある感じも。黒いニットのエプロンワンピースの足元の、赤いタイツに目を奪われた。素敵だな…。

最後に質問は?とT氏が投げてくれたたので「いまこの事務所にほしい力は何ですか?」って聞いた。そしたら「愛かな」って笑いながら。そのあと少しまじめに「今は手より頭がほしいかな」って応えてくれた。なんだか嬉しい回答だった。

 

そんなこんなだったので、事務所を出た時は、解放された〜。ずっとにやにやしてた気がする。にやにや顔のまま、T氏がお茶かビールでもどうだろうと提案してくれたので、ぜひ!と二つ返事をした。お茶でもビールでも、どっちだって最高だった。結局、道玄坂入り口あたりの、パブ風のお店へ。T氏はギネスを頼んだ。私もそれが良い、と思ったけど一歩出遅れたので、kyneなんとかみたいなビールにした。気泡が見えないくらいきめ細かい白い泡が表面張力ギリギリで踏ん張っていて、こぼさないよう気をつけたけど、気をつけなくても弾力で持ち堪えるくらいしっかりとした泡だった。柔らかい舌触り。飲みやすくって美味しかったな。。途中聴き覚えのある曲、と思ったらcardigansのlife+5だった。全くこの街は思い出に溢れてしょうがない。

一緒に飲むの初めてだっけ?と聞かれたので、長岡で飲んだ日本酒が最初のお酒でした。って応えると、じゃあ三年越しだ〜って笑ってた。あの頃は苦い水だな、としか思わなかったけど、今は好きなお酒を聞かれたら日本酒と応えてしまう。英才教育の効果はてきめんのようですね。

T氏の若い頃の話をたくさん聞いた。今は学生時代にしかできないことをしなさいと。例えば?と聞くと、旅行という応え。それと免許とか英語の習得とか、本を読んで知識を蓄えるとか、基礎的なことをしっかりやっておいた方が良いと。若いうちの方が刺激に食い気味になれるから吸収力が違うんだ、って。唐十郎の演劇に感動して二度も公演に足を運んだことを教えてくれた。確かに旅行をしたり、最高な映画演劇に出会えると、この光景を全力で留めたいっていう気持ちになる。消したくなくて、切実なんだ。けど大人になったらその感覚も薄れてしまうのかな。それは余りにも悲しいことだから、でも感動はしますよね?と尋ねたら、それはするよ!と応えてくれたので安心した。

箱に閉じてた昔の記憶を、君なんかと話してるといくつも思い出す、と話していた。昔のアルバイトの話など。解体のアルバイトで、先輩もいなくひとりで老夫婦の古民家の風呂を解体することがあったという。たったひとりで、大きなハンマーだけ持って。けれどしっかりとした水色のタイルでできた浴槽は、華奢な体格の彼にはなかなか手強かったようで、苦戦したそうだった。家の主人は何度もお茶とお茶菓子を出してくれたりしたらしい。仕事だから壊さなければいけないのだけれど、よく出来た作りの浴槽なだけに、なかなか心苦しかったと。

それから盲目の夫婦の引越しを手伝った時の話も。それは先輩と2人で作業したらしいが、その夫婦がちゃんと置き場を指示してくれるんだ、と話していた。それまた作業は難航したそうだけど、今でも覚えている記憶だと教えてくれた。

「こうして事務所に訪ねに行った帰りにビールを飲めるのも、今のうちだけだよ」と言われた。いつものように笑った顔だったから、冗談半分で言ったのか、本当にこういう時間をこの先控えようと思っているのか、わからなくて少し悲しかった。私自身、今置かれている身がモラトリアムなことは薄々気づいている。贅沢すぎる状況だと。T氏とはこうして夕方からお酒を飲めたら、というか会っているだけで幸せな気持ちになるので、この関係がずっと続いてほしいとも思うけれど、毎度の先読み体質で、このあたりで綴じてしまった方がお互い美しい記憶でいられるのでは、とも思ったりもする。けれどT氏に会えなくなるのは悲しすぎる。だからついに潮時だ、と感じるギリギリまで、このまま時間を共有していたい、と思った。